
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。
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都倉俊一の辛口ハーモニー(第12回)
辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。
日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。
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「重大な責任を問うものは?」
〜国民ひとりひとりが現状打破しなければ、
我が国の政治が良くなる見込みなど全くない!?〜
今回の自民党総選挙で我々はまたまた分かりにくい日本の政治を目の当たりにした。そもそも海部首相の重大な決意#ュ言である。
衆議院において海部サンが、政治生命をかけるといった政治改革法案が総裁である御当人も知らぬ間に廃案となったことが原因で「重大な決意を持ってこの難局に望む」と発言した事に端を発し、海部サン、次期総裁の椅子を棒に振ったのである。
あっという間の出来事であった。
もちろん、その理由は自民党内最大派閥の会長の一声、つまり、金丸信サンの逆鱗に触れたという事である。
なんとも、我々国民には分かりにくい現象だ。
まず、我々素人から見ると、首相だからと言って何故重大な決意≠ェ解散か、総辞職を意味しなければならないか、という事である。
重大な決意という日本語は普通、日本の日常生活においては、単に重大な決意、決心という意味なのである。それが永田町では解散、総辞職の意味だという。
もし永田町だけでもこの日本語がそのような意味を持つなら、辞書にそう、断り書きを付けておくべきである。
さらに、なぜ永田町でそういう風に解釈されるかという事をマスコミをはじめ、誰も国民に説明しない。テレビのニュースでも記者がいかにもそれが当然のようにリポートする。
ちなみにマスコミの政治部の記者と称する皆さんは、いわゆる永田町の通≠ネのであろう。彼らの永田町スペシャリストとしての発言、言い回し等のレポートの多くは限りなく永田町に近く、一般大衆とは遊離している。多分朝から晩まで同じ環境で生活していると、自然それらに同化してしまうのであろうか。
その良い例が今回の主役である金丸信サンの発言の取り扱い方であった。
この金丸サン、国民から見てみると、なんとも不思議なお人である。いつも目を半分開けているのか、寝ているのか、笑っているのか、睨んでいるのか分からない表情をして、何かというと、
「それで政治が国民の皆サンの理解を得られるのか」
と叱咤する。
ところが我々国民は理解≠ヌころか彼のいう事を聞いているうちにますます意味が分からなくなる。
でもどうやら彼の一言で日本という国が動くらしい。マスコミの取り上げ方も金丸発言≠ニいう見出しでくくればそれが決定事項であるという取り扱いだ。
しかしマスコミはその発言の解説はしてくれない。ただ金丸サンが、
「重大な決意とは解散か総辞職しかない……」
と言えば、
「海部サン見捨てられ」になり、
「私情を捨てて外交に強い人を望む」
と言えば、
「宮崎サン有力……」というふうになる。
しかし一方で、
「自主派閥から自主候補を立てられなければ会長の重大な責任」
という御本人の発言は、竹下派独自候補の擁立失敗もの後も、マスコミをはじめ誰もその重大な責任を問う者がいない。
これはこの人の人徳なのか、皆サンこの人がよほど怖いのか、いずれにしても「分かりにくい政治」「戦後の派閥政治」の集大成とも言われる今回の自民党総裁選、はたしてまたまた「物言わぬ国民大衆」にはどう映ったのであろうか。
国の政治はその国の民度を表わす、という。つまりその国の政治の分かりにくさは、その国民の物の考え方、行動の分かりにくさの象徴であるということなのかもしれない。
わかりにくい政治をする政治家を選んだのは国民であり、それを助けているのはマスコミである。この構図が崩れない限り、政治家、マスコミ双方が声を大にして言っている、わかりやすい政治∞世界に開かれた日本≠ネどというキャッチがますます空虚に響く。
<第12回・了>