都倉俊一
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。

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2007.06.22 Friday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第7回 その4)

都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第7回 その4)

 辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(7)「豊かさの実感とは!?」(その4)

 世界の大都市で今や人の笑顔を見ることは少なくなってきた。デパートへ入っても、タクシーに乗っても、人々の目は殺気立っているようにも見える。皆それぞれ自分で生きて行くのに精一杯、人のことなど全く気にしていられない、と言うのが正直な所だろうか。

 日本からこれらの都市に出かけて行くと、尚更それを強く感じる。よくアメリカ人が50年代を振り返り、懐かしく言う。

「あの頃は、人は人のことをCAREしていた」

 つまり人がいつも他人の事でも気にかけていた≠ニいうのである。もうそんなアメリカは少なくとも大都市では見ることはできない。

 日本人は、よく世界の中の日本と言いつつ自分達がどのレベルで、世界のどこにいるかの尺度を持たない。これは日本の進路を間違える可能性があるので危険である。

 豊かさの実感≠烽る尺度を持てば、また感じ方も違うようになる。また工夫をすることで大いに変るのである。また、この尺度を持つことにより、日本が世界の中で生きて行く上での今後の問題も見えてくる。

 最後に、日本人が精神的に豊かさの実感を得られないでいるとすれば、それは戦後、自らの文化を継承せずに捨ててきた所にあるのではなかろうか。

 人間にとって、自らの伝統、文化は、今の自分という存在の原点であり、一番自然なものなのである。それゆえ文化は財産であり、それなくしては自分を見失う。

 ヨーロッパの街々を見ると、常に近代化と伝統とが葛藤を繰り返している。ロンドンの道路は伝統的な街並みを保存するために道路拡張が出来ずいつも渋滞している。ドイツは戦後復旧において、焼けた街並みを復元するため、40年近くをかけた。

 効率の悪さや不便さは伝統の大切さから見れば、当然ガマンしなければならない、というこれらの都市の考え方は、我々日本人に何かを考えさせてくれている。

 伝統なくして人間の豊かさの実感はないのかもしれない。

<第七回・了>

2007.06.06 Wednesday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第7回 その3)

都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第7回 その3)

 辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(7)「豊かさの実感とは!?」(その3)


 日本が数字的に見て、社会資本の充実を図らなくてはならない事は明らかである。
しかし、数字と生活実感とは必ずしも一致しない事もまた事実である。

 
 日本の住宅整備や環境もよく欧米と比較される。ウサギ小屋や緑が少ない、土地が高い、などがいつも問題になる。これは原因がはっきりしている。日本は国土の七割が山地で人が住む土地が少ないのである。これは人口が日本の半分で、国土は日本よりやや小さいが山がほとんどなく、全土を使えるイギリスとは大違いだ。


 都市への一極集中化だが、これも我が国は伝統的に中央集権的な国であるし、歴史的にも地方分権の発達していたドイツや米国のようにはいかない。今後の多極分散論とは別に、現在もっと生活を快適にする工夫はないものであろうか。数字に惑わされて悲観するより現実を見て、その実体の中で工夫するほうが得策ではないかと思うのである。


 幸い日本人は金持ちである。日本の子供達を見ていると誰でも驚く。ロスアンジェルスでもニューヨークでもロンドンでも、原宿や渋谷を歩いている日本の中・高校生ほど豊かなファッションを楽しんでいる子供達は見たことがない。また、小学生が一万円を持ってゲームソフトを買いに行くという事を知ったらどの国の親も呆れるであろう。

 
これが正しいお金の使い方かどうかの議論は置いておいて、日本人は世界一のお金持ちであることは事実なのである。


 そのお金を有効に使えば、もう少し快適に暮らせるのではないだろうか。


 限られた住宅スペースを快適に装うことも出来る。それには日本の家具は高すぎるし、種類も少ない。快適なリビング空間を創る事には、まだやはり後進国である。これだけを見ても、アメリカやヨーロッパからはいくらでも安く物や技術は輸入できる。問題は日本の輸入障壁だけである。


 日本人が見過ごしがちなことに日本の技術水準の高さがある。日本の電話は世界一故障しにくい。日本のオーディオ、テレビが世界一な事は言うまでも無いが、各家庭はどこでもこれらをあたりまえに所有している。


 もう一つは日本の犯罪率が世界に比べ、極端に低いため各住宅はあまり防犯に気を遣わなくても良い。バリヤーを張りめぐらせている家もなければ、戸に鍵を四つも五つも付けている所もない。欧米では防犯も住宅コストの最も大きい要素である。


 物の豊かさより、心の豊かさを求めている、という。日本人は一体何を指して心の豊かさと言っているのであろう。
 家族の絆を持つことなのか、芸術を楽しむことなのか、平和を享受できる事なのか。
 どれを取っても日本は世界で最もこれらの事を実現している国なのである。

<次回へ続く>