都倉俊一
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。

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2007.04.26 Thursday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第6回 その4)

辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(6)「外面よりももっと大切のモノ」(その4)

 最新のブランドファッションを着た日本の若い女の子が、ジャネット・ジャクソンを聞きながら真っ赤なBMWに乗っている。彼女と話すといつもニコニコしながらうなずく。しかし、彼女が何を考えているのか最後まで分からない。彼女は自分の意見や考えを滅多に言わず。いつも控えめで親切であるが、理解は出来ない。
 
これはあるアメリカ人青年の日本人の女の子に関する総括である。
  
 日本人にとって全てにおいて控えめである事は美徳である。人と人とのコミュニケーションにおいて、自分の気持ちを最小に表現するのはその延長であり、長い間日本社会を円滑に機能させてきた知恵でもある。
 
 しかしこの日本人の美徳も西洋的価値判断からすれば、ただ分かりにくい、何を考えているのか分からない存在になってしまう。

 ここまで進んでしまった日本社会の西洋化はもう後戻りは出来ない。またその外面と内面とのアンバランスが、日本社会をある意味で混乱させている。日本人自身が今、自分の日本人としてのアイデンティティを見失いかけている。今こそ日本人はこの新しい和洋折衷の日本文化≠フ中で、合理的西洋文化の何をどういう風に取り入れ、キープし、我々の中の日本人性のどれを捨て、何をキープするのか真剣に考える時なのである。

 世界の中で日本が文化的に認められる唯一の方法、それは日本人としてのアイデンティティを持つことである。古い日本に戻る事などもう出来はしない。また戻る必要もない。ただその古い日本から我々は何を継承し、この新しい西洋化した社会の中に取り込み、それを世界に誇れる日本文化として知らせるかを考えなければならないのである。

 冒頭の迎賓館に話は戻るが、仮に次にサミットが日本で開かれる時は京都か奈良でやったらどうであろうか。場所も二条城か、桂離宮、あるいは枯山水の庭園を眺めながら、各国首脳がゆっくりと語り合える竜安寺でも良いのではないか。またそうすることで毎回、何百人も押しかける外国のジャーナリストを通じて、世界各国に日本の古き文化の一端を紹介できたら、より一層の成果があがるのではないかとも思うのである。

 日本は伝統ある国である。しかし西洋の合理的システムをフルに取り入れ、活用している。東西の文化がもっとも理想的に融和した国である。

 これが今後の日本のアイデンティティであるべきではないだろうか。

<第6回・了>

2007.04.13 Friday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第6回 その3)

辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(6)「外面よりももっと大切のモノ」(その3)

‘91年の3月、青山スパイラルホールで、実にユニークなミュージカルを観た。“Forbidden Japanese Musical”。これは’90年、英国で賞をとった“禁断の日本のミュージカル”と言う題がついている。高平哲郎氏の脚本、演出も見事であったが何よりもその目の付け所が面白い。

 つまり、戦後日本が欧米を真似て作ったり、演じてきたミュージカルをいくつも並べて、それらの歌、踊り、衣装を通じていかに日本人がアメリカ人やイギリス人を真似て、それになりきろうと努力をし、それがいかに欧米人から見て滑稽であるかをアメリカのテレビ番組が特集番組を作って紹介していると言う設定になっている。

 しかし、それを実際にやっている日本人達はそれが滑稽だとは思ってもいない。真剣にカツラを被ったり、カウボーイになったり、一所懸命、欧米人になりきろうとしている。と言う皮肉たっぷりな内容である。これはまさに日本の社会そのものを風刺しているものである。また、作者の意図もそこら辺のあるものと思われる。

 しかしこのように金髪のカツラを被り、西洋の歌を歌い、西洋人になりきろうとしているように見える、日本へやってきた西洋人は日本社会のあまりにも日本人的な事に例外なく戸惑う。表面があまりにも西洋的であるから尚更である。これが日本が“不可解で理解できない”一番の原因である。

<次回へ続く>