都倉俊一
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。

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2007.02.15 Thursday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第5回 その3)

辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(5)「湾岸戦争の傷跡と日本の立場」(その3)

 “もっとも中東石油に依存している日本のために、アメリカの若者が血を流す”という主張は、まるで合言葉になったみたいである。ブッシュ大統領のシナリオの中で、日本に対する戦後の最も効果的な切りふだである。

 ここでいつもふり出しにもどってくるのが日本の憲法議論である。憲法第九条は、今日、あまりいろいろに使われ、引っぱられ、こすられ、まるですりきれたボロ雑巾のようである。
 昨年夏、この湾岸戦争のおきた時点で各国の対応が議論される中で、アメリカにおいてすでに、日本の憲法第九条について、知日派といわれる国会議員の間で論じられていた。

 彼らはたびたびマスコミに登場し、自論を展開していたが、そろって当然のように“あの当時
(マッカーサー占領時)日本に再武装をさせないため、アメリカ占領軍主義であの九条を規定したわけである”という歴史的事実を認め、その上で、“日本の海外紛争に対する人的派遣に憲法上、制約を設けた責任の一端は我々にもある” したがって、アメリカとしては一方的に日本に対し、憲法上の制約をせめるわけにはいかないというのである。しかも成立過程はどうであれ、他国の憲法をどうのこうのいうわけにはいかない。

 しかし、アメリカの国民感情はこのような歴史的事実や法律上の解釈にはあまり関心がない。また理解もしていない。彼らのイメージにあるのは日本はまた、お金だけ出して血も汗も、そして今回は涙も流さない、ということだけである。

 ここで一番重要なことは、日本の立場、考え方の説明であるが、これが日本の政治家からはまったくない。アメリカをはじめとする世界にアピールしたり、コミュニケーションをはかろうとする人が日本にはいないのだ。

 これはまったく不思議というしかない。前述のようなアメリカのマスコミでもとり上げられている。憲法九条の成立に関する歴史認識、議論も聞こえてこない。ただひたすら条文を好き勝手に解釈し、こねくり回しているだけである。あとはただ“平和、平和”の連呼である。もし世界がそんなに平和な人ばかりだったら、サダム・フセインは出てこないのである。 

次回へ続く