都倉俊一
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。

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2006.12.18 Monday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第5回 その1)

辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(5)「湾岸戦争の傷跡と日本の立場」
〜経済成長を遂げた我が国には世界のリ−ダ−シップをとるための積極的な外交を望みたい〜


 湾岸戦争は、アメリカをはじめとする多国籍軍の圧倒的勝利で終わった。全世界が戦勝気分である。
 ブッシュ大統領の企画した、悪者サダム・フセイン対全世界の対決という構図はマスコミを 湾岸戦争は、アメリカをはじめとする多国籍軍の圧倒的勝利で終わった。全世界が戦勝気分である。
 ブッシュ大統領の企画した、悪者サダム・フセイン対全世界の対決という構図はマスコミを通じて、見事に全世界に宣伝され、そのコンセンサスを得たようだ。 結果、アメリカのリーダーシップにより、全世界が悪者サダムをこらしめたというシナリオは完結した。アメリカの外交の大勝利でもある。
 90年8月にはじまったこの湾岸紛争は91年1月17日の多国籍軍の攻撃により本格的な戦争に突入したわけであるが、その間マスコミは挙(こぞ)って、“ブッシュ大統領の政治的危機”や、“ブッシュの政治生命を左右する決断”と書きたてた。
 しかしこの戦争ほど、はじまる前から結末の見えている戦争は、歴史上まれであった。しかもその経過は逐一マスコミにより、全世界に同時放送される。圧倒的な軍事力によりイラク軍をたたきつぶす。
問題はいかに素早く、スマートに、死傷者も少なく勝利するかだけである。
 多少のリスクはあったにせよ、1月17日以前から、この戦争のシナリオを書くのはアメリカにとっては容易なことであった。というよりも、ブッシュ大統領にとっては、このイラクのクウェート侵攻という出来事は千載一遇のチャンスであったのかもしれない。
 ベトナム戦争以来、20年近く政治的、経済的にも低迷しているアメリカにとって、いまこそ国威を高揚し、世界にアメリカの力を知らしめる絶好のチャンスである。アメリカから見ると、とるにたらない軍事力しかもっていない中東の国が罪をおかした。アメリカとしてはいかに、効果的に、ドラマチックにこの悪者に対して、世界の警察官としての役目を果たすか、である。


次回へ続く

2006.12.04 Monday
【おぴにおん】 都倉俊一の辛口ハ−モニ−(第4回 その2)

辛口ハーモニーは1990−91年ごろに書いたコラムです。したがって今読むと何だかおかしい感じのするところもありますが、ご容赦を。
たとえばブッシュ大統領といえば今のブッシュの父親だし、湾岸戦争も今のイラク戦争とは違います。
しかし読んでゆくと今の情勢とまったくオーバーラップしてきます。
人間は歴史からあまり学ばないものですね。憲法問題も最近よく議論されますが、16年前はまだマスコミもそれほど取り上げない時代でした。

日本はこの15年でどのくらい変ったのか、日本の政治は、外交は?
それらを比べながら読むとかんがえさせられるものがあります。

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辛口ハーモニー(4)「湾岸戦争が世に問うたモノ」
〜正義とはなにかを追求していくと、そこに見えてくる答えに戦争の勝ち負けなどはなく・・・〜
 

 こうまで世界的な風潮が「善い人と悪い人」をはっきりと決めつけ、あの圧倒的な軍事力の差を毎日のようにテレビで目のあたりにし、自殺行為とも見えるイラクの反抗を見ていると、ひとつここで頭を冷やして、この戦争とはいったいなんなのか、誰のための戦争なのか、アメリカ、イギリスの唱える正義とはなんなのか、考えたくなるのも人情である。
 そこで、こういう状況では顧みられない歴史的な常識を書いて見たいと思う。
 現在、アメリカのブッシュ大統領のいう正義とは、第二次世界大戦後45年間の力のバランスの上に成り立ってきた世界のルールを基本に考えた正義である。
 また今日、冷戦構造は終結したとはいえ、戦後の世界を政治的、経済的、また軍事的にリードしてきた欧米を中心とするキリスト教文化を基本とする正義でもある。
 今日の戦争の大義名分は国連決議の遂行ということであるし、我が日本もお題目のように“国連中心主義”を繰り返し強調するが、この国連の成立も第二次大戦の戦勝国の力のバランスによって成立した。
 戦後、ヤルタ体制を基本に成り立っている国際社会の正義も、しょせんは力により成り立った正義だということも我々はここで思い出さなければならない。
 戦後、各国の権益を守るために多くの武力行使がなされた。その行使が、軍事的、経済的先進国であった場合、その行為は容認されてきた。多くの場合、これらは核兵器保有国であり、国連の常任理事国である。これがまぎれもなく戦後半世紀の国際社会の歴史である。
 このような事実は歴史的に明白であるにもかかわらず、あまり議論されない。このような戦後体制に対する疑問は一旦、議論されはじめると果てしないからである。はては、帝国主義時代の植民地政策にまで話がさかのぼってしまう。
 とすると、今世紀初頭からの欧米の中近東の権益争い、石油をとりまく様々な利害関係をテーブルの上にのせなければならない。ここで果たしてどの国が“正義”を論じられるかはなはだ疑問になってくるのである。
 ここで、私は別にサダム・フセインを弁護するつもりはない。むしろ彼が秩序を個人的な野望のもとに乱し、自らの人民をギセイにし、クウェート人を虐待したことは大いに糾弾され、裁かれるべきだと思う。
 しかしながら、毎日のように戦争の実況中継の中であまりにも欧米的“正義”が主張されると、はたして結果的にこのひとりの独裁者を取り除く目的のため、多くの人民の命がギセイになることが正義なのか、と疑問がわいてくる。戦争に正義はあり得ないことは歴史が証明している。
 我が国は第二次大戦以後、この欧米的正義を受け入れて来た。確かに民主主義という思想は、自由、平等、博愛というキリスト教文化の上に高度に発達した社会システムであることはまちがいない。
 我々も太平洋戦争という大きなギセイを払って今日、平和的国家を築いてきたのである。しかし地球上には我が国のような経験をしていない、欧米とはまったく異なった歴史、文化を持つ国々がたくさんある。それらの国は先進諸国から見れば、はなはだ、未開な、遅れた文明社会と映るかもしれない。
 しかし、そんな彼らに、欧米的基準、ルールをおしつけても、争いは理解出来るものではない。現在の先進民主主義社会にしても、時間をかけて発達して来たのである。彼らに対しても時間を与えることが絶対に必要なのである。
 イソップの寓話にあるように、風は旅人のコートを脱がせようと、ますます強く吹きかける。風が強くなればなるほど、旅人はコートを離すまいと、しがみつく。
 太陽が逆に、暖かさをおくれば、彼は自然にコートを脱ぐのである。
 西洋医学は患部を切除することにより、体をたすけようとする。それに対し、東洋医学では、ハリ治療などに見られるように、患部の周りにあらゆる工夫をこらし、その患部の自然治癒を待つ。
 手術によって、たとえ患部は切り取っても、そこに一生みにくい傷跡が残る。この傷跡がのちのち、体のバランスをくるわせる可能性もある。
 欧米的価値基準は絶対であり、そのルールに反する者は力で排除するという考え方は、その基準がいかに正しくとも、それを理解できない人々の目には、単なるエゴとしか映らない。
 この湾岸戦争は、アラブ人民の心に大きな傷跡を残したことだけはまちがいない。
                               
                                             <第4回・了>