都倉俊一
都倉ノートとは・・・?
音楽のことや、プライベイトなお話、時には時事ネタコラムまで、都倉俊一自身が日々を綴るBlog。

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2006.07.31 Monday
【おぴにおん】 みんなで唄える歌がない(2)

 いわゆる団塊Jr.以下の世代がどういう音楽体験をしてきたかを見てみると、TVの前でピンク・レディーの踊りを覚え、ニューミュージックで自ら音楽体験もし、その後Jポップをエンジョイしている。またその前の世代と決定的に違うのが音楽情報量の多さで、子供の頃からマルチメディアを利用しボーダーレスの情報を世界中から手に入れる事に慣れている。当然音楽的感性が発達し音楽はTVを通じて与えられる物ではなく、自分で探求するものと変わってきている。つまり自分だけの「音楽」探しが可能になってきたのである。

 社会学的に見ると、彼等は幼い時にバブル経済を経験し物質的な豊かさは珍しくもない。それより自分にとってのクオリティーの豊かさに視点が変わってきている。つまり生活に自分らしさを探す事がより重要であり、オンリーワンなるものを探しているのである。この傾向はファッション、飲食、住宅などの選択行動にも見られるわけだが、当然の事ながら音楽に接する時も自分だけの好みが優先する。「ワン・オブ・ザ・カインド」なる音楽を求めて行くのである。つまり「皆が唄(うた)っている歌だから唄いたい」、から「皆が唄っている歌だから唄わない」思考が強い。これではいわゆる国民歌謡は生まれようがない。

 音楽を作る立場の人間はこれをどう理解すれば良いのか。もう国民一丸となって一つの思考、傾向に向かって突き進む現象を起こせると思うこと自体、幻想なのかもしれない。しかし高いクオリティー・ライフを求める個人が満足する物はマスでは作れない。我々も自分の信じる方向へ音楽を追求し、どれだけの特定の人達がついて来てくれるのかが勝負になるのかもしれない。

【神戸新聞 2006年1月26日(木) 「随想」掲載 全7回シリーズ】

2006.07.24 Monday
【おぴにおん】 みんなで唄える歌がない(1)

 最近よくある話題に「最近の歌はメロディーがない」「皆で口ずさめる歌がない」「昔の歌はよかった」というのがある。主に70年代、80年代、集中的にヒットチャートに歌を送りこんでいた小生などの耳には一見心地よさそうに聞こえる会話なのだが、果たしてどうなのか。

 確かに70−80年代に年間最低4、5曲はあったミリオンセラーが、最近のヒットチャートを見ていると1曲あるかないかである。CDの売り上げだけを見ても、2005年度は1995年度と比べても、実に半減している。この一見音楽業界の衰退とも見える現象には、様々な要因を含んでいる。

 まず日本人は古来メロディー(節)を詩(うた)に付随するものとして捕(と)らえて来た。かつて故古賀政男先生から「都倉君、詩が夫でメロディーは女房の役目だよ」と言われ、若気の至りで「いや先生、私は逆だと思います」と、先生を苦笑させた覚えがある。

 音楽家としては音が言葉より優先しているという気持ちが強かったようだ。1970年代と言えば録音技術の発達とともに作曲家の曲作りの方法も変わってきた頃である。いわゆるマルチトラック録音と言うもので、この辺からレコーディング・プロデューサーなる仕事も生まれた。いかにスタジオでよい音を作るか、良いサウンドを作るかにまい進し、言葉を軽視していった結果、いつしか良い「ミュージック」はあっても、良い「ソング」が出来にくくなってきたのかも知れない。

 今の若者の音楽的感性は驚くほど発達して来たが、日本人のDNAが古来から持っている情緒のようなものが数十年で変わるはずもなく、もう一度すなおに「節」と「詩」に戻ってみる時なのかも知れない。

【神戸新聞 2006年1月11日(水) 「随想」掲載 全7回シリーズ】